fujibaka’s blog

見たことある風景とどこかに置き忘れてる思い出。

記録は三塁打

はてなインターネット文学賞「記憶に残っている、あの日 」

空を見上げる余裕などなかった。

止まらない汗

初めて見た母校のブラスバンド付きの応援団

ベンチは一塁側。

見たことないほどの観客の数。

8回のオモテ

何とか1点をリードしているが どっちに主導権が渡ってもおかしくない展開。

次の1点が試合の行方を大きく左右する。

「1番サード〇〇くん」

憧れた場内アナウンスに呼ばれる。

 

3ヶ月前、 高校生になった

野球を続けるか、ためらう時間があった

同級生の中には入学が決まった春休みから練習に参加してたヤツもいた。

入部は一番遅かった。

初めて参加した練習では その時間があまりにも長く

そして、信じれないほど過酷で足が痙攣を起こしてコケた、

無理だと思った。

すぐに辞める理由を探してた。

鬼のような監督

女子マネージャーもいない男ばかりの殺伐とした部室。

グランドでは延々と続く練習という名の虐待。

練習着にマジックで名前を書いてるにも関わらず 呼ばれる時は 「おい」 「こら」 「おまえ」、、。

助かったのは監督の指導が厳しすぎて先輩後輩の上下関係が比較的緩かったことくらい。

一番最後に入部したにもかかわらず、レギュラーに抜擢されてしまう。

毎週末には練習試合が続く

辞めるも何も、毎日を頑張るので精一杯だった。

退部を申し出る時間すらなかった。

 

9番バッターの先輩が倒れて回ってきた、

たぶんこの試合最後の打席。

どうにかして塁に出るのがこの打席の仕事のようだ。

ベンチでは鬼監督がまさしくその形相で睨みつけている。

相手のピッチャーは3年生で今大会でも指折りの好投手、

キレのいいスピードボールが注目されている。

一球目。 変化球がすっぽ抜けて高めに外れた、

次は間違いなく直球が来る。

100%以上の確信で静かに打席に立つ。

ベンチで鬼監督が何か言ってるが見向きもせず 相手の先輩投手に微笑む。

二球目、

予想通りのストレート。

フルスイング!

打球はセンターの頭上を越えてゆく

三塁まで行ける!

しかし三塁では際どいタッチプレーになるだろう。

考えながら必死で走る。

暑い、

ヘルメットが重い、

暑さと緊張し過ぎた名残りで足も重い。

スタンドの歓声や悲鳴が遠くで聞こえる。

三塁ベースに滑りこむ、

自分の感覚では「セーフ」 だが、

三塁コーチャーの先輩からの声は 「ゴーだ!ゴーー!」 ???

意味がわからないまま立ち上がり ホームベースを目指す。

後から聞くと三塁への送球が逸れて相手方の三塁ベンチに入ったらしい。

クタクタだった。

いわゆる「ランニングホームラン」のような格好になった。

ホームベースからベンチに帰るまでの間応援席では紙吹雪が舞い太鼓が響いた。

足をもつらせながらやっとの思いでベンチにたどり着いた。

鬼監督が歯を食いしばったまま目だけ笑わせ、

グローブのような手でヘルメットの上から無言で頭を叩く。

おそらく喜んでるんだと思った。

ベンチのみんなも嬉しそうだった。

 

ガッツポーズも スマイルも 水分補給もダメな そんな時代。

翌日 とある新聞に枠が取られた。

「期待の新人現る」

あとにも先にも あれほどたくさんの人を歓喜させることが出来たのは 38年前の、

あの暑かった日だけかもしれない。